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大阪高等裁判所 昭和28年(う)1562号 判決 1954年10月30日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、本判決書末尾添附弁護人安藤真一作成の控訴趣意書記載のとおりである。

原判示事実は、原判決の挙示する証拠によつてこれを認定することができる。弁護人は、入札談合罪の成立するためには、まず入札前に各入札者において一定の価格以下には入札しないという談合があることを要し、なおその上に、右の価格が公正な自由競争によつて形成せらるべき落札価格よりも高価となつて公正な価格を害したという事実及び談合の際公正な価格を害し、又は不正の利益を得ることの認識を必要とするにかかわらず、原判示第一の事実については、被告人は、公正な落札価格によつて得られるべき正当な利益中から仕事を譲つてくれた者に対して合計金三万円の謝礼を出しただけであつて、公正な価格を害する犯意がなかつた。また、原判示第二ないし第五については、談合によつて公正な価格を害した事実はなく、かえつてその落札価格は工事施行者たる神戸市の予定価格の範囲内であつて、工事施行者になんらの損害を与えていないのみならず、落札後工事を譲つたことに対する謝礼として金員を贈与する土地業者間の商慣習に従つたまでであつて、不正の利益を得る目的はなかつた。しかも、原判示第二の藤本吟左衛門とは入札前において談合金の話合をしたことがない。然るに原判決が、被告人等において公正な価格を害した事実及び原判示第一について被告人に公正な価格を害することの認識、原判示第二ないし第五について不正の利益を得る認識があつたことについて、なんらの判示を為さずに刑法第九十六条の三第二項を適用したのは、事実を誤認し、かつ法令の適用を誤つている、と主張するのである。

よつて案ずるに、競争入札制度の本旨とするところは、入札施行者が自己に最も有利、かつ適正な価格によつて契約を締結しようとする者を発見することができない場合に、多数の入札希望者をして自由に競争して入札させれば、その希望者は各自特殊の個人的経済事情から割り出して通常自己の堪え得る範囲内であり、かつ入札施行者の満足を買い得るような価格を争つて申し出るであろうから、入札施行者はその申出により最も自己に有利な条件をもつて応じ得べき個人的経済事情を有する者を発見し、その者との間に契約を締結し得るところにその妙味があるのである。従つて、入札希望者が互に通謀しある特定の入札希望者をして契約者たらしめるため、他の者は一定の価格以下又は以上に入札しないことを協定する、いわゆる入札談合を行うときは、競争入札の趣旨を沒却することもちろんであるが、入札談合にも場合によつてはいわゆるダンピングを防止して工事の完全実施と業者の生活保護とを期する利点もあるので、刑法第九十六条ノ三第二項は、所論のように、すべての入札談合を処罰することにしないで、入札施行者に利益ある価格の発見を害しない場合においては、しいて刑罰をもつて臨む必要なしとし、公の入札における談合であつて公正な価格を害し又は不正の利益を得る目的をもつて為されたものを処罰することにしたのである。ところで、右にいわゆる「公正ナル価格」とは、入札という観念から離れて客観的に測定せらるべき公正価格をいうのではなくて、当該入札において公正な自由競争によつて形成されたであろうところの落札価格をいうのである(大審院昭和一七年(れ)第一五九七号、昭和一九年四月二八日第三刑事部判決、大審院判例集第二三巻第八号九七頁)。すなわち、競争入札者中、工事場との地理的関係、資材の状況、労働力の供給状態等が好条件であること、工事の種類が入札者の知識経験上有利であること、関連工事請負の可能性があることなど、個人的特殊事情を有するものは、他の入札希望者に比して低額の入札価格を申し出るであろうから、かような入札価格が入札施行者に最も利益ある価格として落札価格となるべきものであつて、その入札価格は、客観的に見て公正な価格ではなくても、しかも公正な自由競争によつて形成せられるべき落札価格ということになるのである。そこで刑法の解釈としては、談合が客観的に公正な価格を害する目的でなくても、公正な自由競争により当該入札において到達すべかりし落札価格を害する目的をもつて行われるときは、前記の法条による処罰を免れないとともに、入札者が、協議の結果、ダンピングを避けることによつて業者の生活を保護し工事の完全実施を期するため、その工事に対し、最も有利な条件を有する者を落札者と定め、落札価格はその者の実費に適正な利潤を加算したもの、すなわち前記の意味における公正な落札価格の範囲を越えないように談合した場合には、公正な価格を害する目的をもつてしたものとは言えない。

従つて、談合による協定落札者がその者の実費に相当の利潤を加えたものに、更にその談合金として他の入札者に分配するべき金額を加算したものをもつて入札金額とするときは、公正な自由競争により当該入札において到達すべかりし落札価格すなわち入札施行者に最も有利な条件を有する者がその者の実費に適正な利潤を加えた金額よりも落札施行者に不利益な価格となつていわゆる「公正ナル価格ヲ害スル目的」をもつて談合したことになる。また「不正ノ利益ヲ得ル目的ヲ以テ」談合したというためには、入札者が談合により利益を得ることを目的としていた(少くとも認識していた)こと並びにその利益が不正なものであることを認識していたことを必要とするから入札者が、談合の結果公正な価格が害せられるに至るであろうことを認識しながらその談合の対価を授受する意思をもつてしたときは、いわゆる「不正ノ利益ヲ得ル目的」をもつて談合したことになるが、その反面、落札者が自己の採算を無視し、公正な価格の範囲内において利潤を削減して談合金を捻出し、これを他の入札者に分配したような場合には、これを収受しても不正の利益を得る目的をもつてしたとは言えないであろう。

次に、右の談合罪が成立するには、公の競売又は入札において「公正ナル価格ヲ害シ又ハ不正ノ利益ヲ得ル目的」で競争者が互に通謀してある特定の者をして契約者たらしめるため、他の者は一定の価格以下又は以上に入札しないことを協定するだけで足り、入札者がその協定に従つて行動したことを必要としないのである(最高裁判所昭和二八年(あ)第一一七一号、同年一二月一〇日第一小法廷判決、最高裁判所判例集第七巻第一二号二四一八頁参照)。従つて公正な価格を害し又は不正の利益を得たことの結果の発生を必要としないから、その価格や利益の額を判文に明示する必要はないのである。

原判決は、所論のように前示の目的に関する判示、殊に原判示第二ないし第五事実について、単に「同人が落札の場合は従来の慣例上若干の談合金を入手し得べきことを認識しながら」と判示してその不正認識の点を説示していないのは、判文不明確のそしりを免れないが、これをその挙示する証拠及び当審証人小川聡之輔(兵庫県建設業協会長)、同中川初子(神戸市役所営繕課長)、同青木清一、同西尾藤重、同飯田武に対する各証人尋問調書、当審証人鈴木武雄(元神戸市役所理財局用度課長)の供述及び押収にかかる証第一号の神戸市新築賃貸住宅建設工事、明神、上重池住宅の部入札関係書類綴、当裁判所の取寄にかかる神戸市新築賃貸住宅排水梨新設工事、芦原、御崎、川崎、兵庫住宅の部入札関係、同神戸市狩口住宅排水溝設備工事入札関係、上筒井小学校々舎復旧新営工事入札関係、橘小学校復旧改修工事入札関係各書類綴の記載とを対照してみると、被告人は、神戸市建設工業組合員であるが、同組合は、神戸市から工事請負の競争入札に指名される土木建築業者をもつて組織せられ、神戸市役所内に事務所を有するほか、主として談合の目的をもつて神戸市兵庫区福原町に神戸市建設工業クラブを設け、組合員が神戸市から競争入札に指名されるや、組合の慣例として、指名入札者間において落札人を協定し、入札に当つては、右協定落札者に対して、他の談合者が工事請負入札書に署名又は記名押印だけしてその請負金額欄を空白にしたままのものを交付し協定落札者をしてこれに協定入札額を上廻る金額を記入させて代理入札させる方法、又は右談合者が、協定落札者の指示する金額を上廻る金額を記入する方法により、談合入札をなし、神戸市に対しては競争入札をするように装うていたもので、談合金額には一定の相場があり、落札者は、落札後において、土木工事ならば請負金額の六、七分、建築工事ならばその三分ないし五分、但し復興住宅建築ならば一戸当り金千円、平均して請負金額の五分の割合による談合金を提供して、談合者及び前記クラブを一人分とした員数に分配していたこと、従つて、協定入札者の入札金額は、談合金額を見込んだもの、すなはち自己の工事の実費に相当の利潤を加えたものに更にその談合金額を加算したものであつて、当該協定落札者の特殊事情から、いわゆる公正な価格中に含まれる自己の利潤を削減し又は無視して談合金を捻出したものでないこと、原判示第一事実については、被告人は、昭和二十三年十一月初頃、神戸市役所から同市施行の神戸市新築賃借住宅建設工事明神及び上重池住宅の部の工事請負について、被告人が社長たる株式会社大崎工務ほか六名が競争入札人に指名されるや、店その請負代金を二百八十万円と見積り、他の指名入札人たる株式会社原田組代表者原田治吉はこれを二百七十万円に、同大島秀松代理人大島勇三郎は二百四、五十万円と見積り、各落札しようと考えたが、被告人は同工事を談合によつて落札しようと考え、原田組を除くほかの指名入札人五名の承諾を得、原田組とは工事の一部を同会社に下請させて談合金を分担することを条件としてその承諾を得、右各入札人から、その記名押印だけあつて請負金額欄は適宜被告人において記入し得るようこれを空白とした工事請負入札書の交付を受け、自由競争をすれば二百八十万円以下において入札できるはずのところを、自己の入札書には利益額二十万円のほかに談合金を加算して金二百九十二万円と記入し、他の入札書には適宜これを越える金額を記載して神戸市役所に郵送入札したところ、市の予定金額を超過したため再入札となつたが、前記の談合に基き、被告人は二百八十八万円、他の指名入札人はこれを越える金額を各記入して再入札し(再入札の結果もまた市の予定金額を超過したため、結局最低額入札者である被告人の会社において同市と請負金額二百八十万円で随意契約を締結した)、前記原田組を除く他の入札人五名及び前記クラブに右談合の謝礼金又はクラブ経費として各金五千円づつ合計金三万円を贈与して談合を遂げ、第二、昭和二十四年三月三十一日行われた神戸市施行の神戸市新築賃貸住宅排水溝新設工事中芦原、御崎、川崎、兵庫住宅の部排水溝新設工事の指名競争入札に際し、被告人の会社ほか四名が指名されたところ、そのうちの藤本吟左衛門が、談合によつてこれを落札しようと考え、見積りの結果談合金を一人前金一万円としてそれを加算した金額六十七万三千円をもつて入札することとし、被告人は、右藤本の依頼により、慣例上後で談合金の配当を受けるべきことを認識しながら右の談合に応じ、自己の工事請負入札書には藤本の指示によつて金七十三万円と書いて入札し、予定どおり藤本が金六十七万三千円をもつて落札し、同人から即日金一万円の談合金を受領し(談合金合計五万円)、第三、同年五月二十一日行われた神戸市施行の同市狩口住宅排水溝設備工事の指名競争入札に際し、被告人の会社ほか九名がその入札人に指名せられ、被告人は社員に見積りを命じていたところ、指名入札人の一人である青木清一から、同人を落札人として協定するよう依頼せられ、前同様談合金収受の意思のもとにその談合に応じ、被告人の会社の記名押印だけして入札金額を記載していない白地の工事請負入札書を青木に交付し、同人をしてこれに勝手な金額を記入して入札させ、その結果青木の入札金額九十万円が最低であつたけれども、神戸市の予定金額を超過したため再入札となつたが、右の談合に基き、青木は金八十四万円で、被告人は九十四万円他の入札人はそれぞれ青木の入札金額を越える金額で各入札し、予定どおり青木をして落札させ、同人から各金五千円の談合金を受領し(談合金合計四万円)、第四、同年六月二十三日行われた同市施行の上筒井小学校々舎復旧新営工事の指名競争入札に際し、被告人の会社ほか九名が工事入札人に指名せられ、被告人は、社員とともに見積りをして三百二十余万円で入札するつもりでいたところ、右の指名入札人らが前記のクラブに参集した席上において、そのうちの一人である西尾藤重から、同人を落札人に協定するよう懇請せられたので、談合金収受の意思のもとにその談合に応じ、なお市の予定価格は三百万円くらいであることが判明したので、他の入札人はそれを越える金額で入札することを申し合わせ、西尾は金三百二万円で、被告人はじめ他の入札人は、あるいは前記のような白地入札書を西尾に交付して同人に金額を記入させ、あるいはみずから前記の入札金額を越える金額を記入して各入札したが、市の予定金額を超過したので、再入札となり、右談合に基いて西尾は金二百九十九万円で、他の入札人はこれを越える金額で各入札して西尾をして落札させ、同人から各金一万四千九百円づつの談合金を受領し(談合金合計十五万円)、第五、同年七月十八日行われた神戸市施行の橘小学校復旧改修工事の指名競争入札に際し、被告人の会社ほか九名が工事入札人に指名せられ、被告人は社員とともに見積りをして金七十九万六千円で入札するつもりでいたところ、指名入札人の一人である合資会社飯田建設工業所の代表社員飯田武が請負代金を百万円内外と見積り談合によつて自己に落札しようと考え、被告人はじめ他の指名入札人に対して、同人を落札人に協定するよう依頼したので、被告人はじめ一同談合金収受の意思のもとにこれに応じ、被告人は、同人に対し、前同様の白地の工事請負入札書を交付して飯田をしてこれに金額を記入して入札させ、他の入札人もあるいは白地入札書を交付し、あるいは飯田の指示する金額を記入して入札し、よつて予定のとおり飯田をして請負金百十四万円で落札させ、同人から金五千円づつ(但し入札人吉田金次郎のみには金一万円、談合金合計五万五千円)を受領した事実を認め得られる。そうすると、被告人等は、組合の慣例として、協定落札者の実費に相当な利潤を加えたうえ、更に一定の相場すなはち復興住宅ならば一戸当り金千円、その他の工事ならば請負代金の約五分に相当する談合金額を加算したものをもつて入札金額とし、他の指名入札者は白地の工事請負入札書を協定落札者に交付して適宜記入させ、又は同人の指示する金額を上廻る金額を記入して入札し、競争入札をなす如く仮装し、その実なんら競争を行わずに落札させ、落札者から右談合金の分配を受けようとしたものであるから、落札者から言えば、公正な価格を害する目的をもつて談合し、談合金の分配を受けた他の入札者から言えば不正の利益を得る目的をもつて談合したことに該当することが明らかである。弁護人は本件の落札金額は入札施行者の予定金額の範囲内であるから、施行者に損害を及ぼしておらず従つて公正な価格を害していないと主張し、また事実、当審証人鈴木武雄の証言によれば、原判示第二の芦原、御崎、川崎、兵庫住宅排水溝新設工事の入札予定金額は金六十七万五千円、同第三の狩口住宅排水溝設備工事の入札予定金額は金八十四万円、同第四の上筒井小学校々舎復旧新営工事の入札予定金額は金三百万円、同第五の橘小学校復旧改修工事の入札予定金額は金百十五万円であつたから、本件の落札金額はいずれもその範囲内であることを認め得られるけれども、落札価格がいわゆる入札予定価格の範囲内であることは不正談合罪の成立を阻却しないのである。なんとなれば、予定価格は入札施行者が落札を承認しようとする極限を示す内部的標準価格であつて、多くはその範囲内において自己に最も有利であつてかつ適正な価格(神戸市においてはその当時予定価格の三分の二以下の入札者とは契約しない)の入札者と契約を締結しようとするのであるから、その範囲内の価格であつても、公正な価格を害し又は不正の利益を得る目的をもつて談合するときは、刑法第九十六条ノ三第二項の不正談合罪が成立するのである。原判決が原判示第一について、公正な価格を害する目的をもつて、同第二ないし第五について、不正の利益を得る目的をもつて談合したものと認め、前記の法条を適用したのは結局正当である。その他記録を精査しても原判決には所論のような事実誤認や法令適用の誤はないから、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条、第百八十一条により主文のとおり判決する。

(裁判長判事 山崎薫 判事 西尾貫一 藤井政治)

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